神経を切断すると遠位側の軸索はやがてワーラー変性に陥る。末梢神経系においては、残存する髄鞘をシュワン細胞はマクロファージと共に処理し、髄鞘に結合している髄鞘関連糖蛋白質(MAG)を細胞外に放出する。MAGには末梢神経における再生神経の発芽を抑制し伸長も抑制する作用を持ち、剪定としての生物学的意義があることをフィルムモデル(神経を2枚のフィルムに挟みそのまま生体内に温存する方法)を使って明らかにした。昨年度、中枢神経系においても髄鞘の処理過程で細胞外へ抑制物質が放出され、再生神経の発芽と伸長を抑制することをフィルムモデルを応用して実証した。本年度は、その抑制物質の同定をまず試みた。(1)抗体による中和化。抗MAG抗体溶液を濃度を変えて切断10日目の変性視神経片に滴下した。20.0μg/mlにおいて完全に中和化され、再生神経は抑制前の状態と同程度にまで伸長した。(2)western blotting法によるMAGの同定。切断日数を変えた視神経片をゲル上に3日間静置し、滲出した蛋白質をwestern blottingにより転写し、抗MAG抗体(20.0μg/ml)を用いてMAGを検出した。切断後10、12、14、16日目の視神経片においてMAGが検出され、この順に次第に検出濃度は減少した。視神経片の切断端近傍を中心に漸減するMAG像も示された。重複傷害効果を応用して再生抑制の反応部位を探索した。変性視神経片によって神経再生が抑制されても2度目の切断によって再び再生する所見を得た。MAGは神経と直接結合し未知のカスケードを経る。しかし、抑制反応は決して神経細胞体にまで及ばないことを示唆している。MAGによる化学反応について量子化学的解析を行うための予備実験として、低分子化合物のアクリルアミド類の分子軌道法解析を試み、アクリルアミド神経中毒においては最低空軌道が関与する結果を得た。
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