近年、脳血管障害に対して、低体温療法が有効であるという報告が多数なされている。しかし、長期的に観察していくと、低体温療法後の神経細胞の一部に細胞死が生じることが、最近実験的に示されている。本研究では、低体温療法の効果およびその後の慢性的な細胞死の機序について検討した。砂ネズミの前脳虚血直後に32℃×4時間の低体温を行った。1週間と1ヶ月後に脳を取出し、形態学的、生化学的、および行動学的検討を行った。虚血後低体温により、海馬神経細胞死は抑制されるが、1ヶ月たつと3割程度の神経細胞が細胞死を起こした。このうちの一部の細胞はDNA断片化を示して死んでいた。グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体は、低体温療法後1週間の時点で海馬錐体細胞の細胞体での染色性が増強し、樹状突起での染色性は逆に減弱していた。また、メッセンジャーレベルでは海馬CA2領域のNMDA受容体発現が有意に減少していた。一方、海馬スライスを用いた興奮性シナプス後電位の測定では、低体温療法後に長期増強の抑制が見られた.さらに、低体温療法後の慢性的な神経細胞死は、NMDA受容体の非競合性のアンタゴニストであるMK-801の長期投与により防ぐことができた。8方向迷路学習試験では、細胞死に伴って、学習能力は低下するが、MK-801投与群では低体温後1ヶ月たっても正常コントロール群との有意な差は見られなかった。以上の結果より、低体温療法後の慢性的な細胞死の原因として、グルタミン受容体の異常が推察される。また、この慢性的な細胞死にアポトーシスが関与している可能性がある。 虚血によってグルタミン酸伝達系の過剰な活性化が起こり、これが神経細胞死の原因の一つとなっている。虚血後低体温療法は有効な治療法ではあるが、虚血中のグルタミン酸大量放出を抑制することはできない。そのため、虚血性神経障害を完全には抑制できないと思われる。しかし、本研究により、グルタミン酸伝達系の過剰な活性化を抑制する薬剤との併用により、虚血後低体温療法の効果を長期的に保つことが可能であると考えられる。
|