研究概要 |
シナプス活動による神経の可塑的変化は、記憶・学習などの脳の高次機能の素子過程と考えられている。神経可塑性は、伝達効率の変化だけでなく、シナプス結合の形態学的変化も伴い、特に記憶の長期保持(LTPの維持相)には後者の方がより重要な役割を果たしている。そこで、神経活動によるシナプス伝達効率の上昇・シナプス結合変化の分子機構を明らかにするため、海馬のcDNAライブラリーからsubtraction-differential hybridizationを用いて、電撃痙攣刺激によって急速に誘導される新しい最初期遺伝子をクローニングした。単離されたクローンの中から、6個のカドヘリンリピートを細胞外に持つ新しい神経接着分子Arcadlin(Activity-regulated cadherin-like protein)を見い出した。arcadlin mRNAは小脳を除く脳の各部位に発現しており、電撃痙攣刺激によって、海馬の顆粒細胞、内嗅野、梨状葉などで誘導された。arcadlin遺伝子をL細胞に導入し、細胞接着実験を行ったところ、Arcadlinもcadherinと同様にCa2+依存性に同種結合し、この結合は特異抗体によって阻害された。また、Arcadlinの細胞内結合タンパク質のcDNAをtwo-hybrid sytemを用いてスクリーニングし、P38 MAPKの上流に位置するTAO2 kinaseを見い出した。HEK293T細胞にarcadlinおよびGFP-TAO2を強制発現させたところ、Arcadlin細胞外領域の抗体によってGFP-TAO2が一緒に免疫沈降した。さらに、培養細胞にarcadlin、TAO2、MKK3、p38を強制発現させ、Arcadlinの細胞外蛋白質を細胞の外から加えると、p38,MKK3がともにリン酸化(活性化)された。これらの結果から、「神経活動によって誘導されたArcadlinがシナプスへ運ばれ、そこで同種結合することによってシナプス結合を強化・安定化する。同時に、細胞内へも情報が伝わり、TAO2を介してMKK3、p38 MAPKを活性化し、次の分子を誘導することによってシナプス結合を長期に安定化する」と考えられた。
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