温泉、塩湖、海底火山等のような高温、高酸性あるいは高圧の特異な条件下で生息している生物の中に古細菌といわれる一群の微生物が存在している。古細菌の膜脂質はジ-O-フィタニルグリセロールをコア脂質の基本構造とするが、36員環もしくは72員環を有する大環状エーテル型化合物も膜中に含まれている。 我々はオレフィンメタセシス反応を鍵反応として36員環および72員環脂質の合成に成功している。そこでこれら特異な大環状膜脂質の性質を詳しく調べるため、ルイ・パスツール大学中谷教授との国際共同研究で合成した36員環資質に関して、ノルマルスキー型光学顕微鏡および凍結試料電子顕微鏡法によるリポソームの観察、ストップドフローによるベシクルの水透過性の評価、重水素化脂質をプローブとした固体重水素核NMRを用いた脂質の運動性の評価等の共同実験を行った。 顕微鏡による観察から対照である非環状膜脂質と同様に36員環脂質もベシクルを構築することが確認できた。また、ストップドフローによる水透過性評価の実験では、両者とも通常の生物のエステル型膜脂質と比較して高い水透過のバリアー能を示した。さらに環状脂質は非環状脂質と比較して水透過のバリアーがはるかに高いことが確認できた。固体重水素核NMR実験からは両者とも通常の生物のエステル型膜脂質と比較して柔軟な炭化水素側鎖を有することが示唆され、さらに環化体は非環化体と比較して炭化水素鎖の運動性が低くなることが示された。これはすなわち古細菌膜脂質の炭化水素鎖末端が結合、環化することによって脂質の回転運動、側方運動、炭化水素鎖のトランス/ゴーシュの変換などが抑制することを意味するものと考えられる。 以上、これらの実験結果から、古細菌の36員環膜脂質は非環化体と比較して膜の流動性を下げ、膜のバリアー能を高める役割を果たしていることが明らかとなった。これはすなわち高温などの特異な環境下で生息する古細菌は炭化水素鎖同士が末端で結合させ、生体膜の性質を変化させその環境に適応していることが示唆される。
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