研究概要 |
石綿が肺がんの原因になることは良く知られているが、それは石綿の中でも青石綿などアンフィボール系と呼ばれる種類に限られるのか、クリソタイル(白石綿)も含まれるのかは未だ合意が無く、国際的にも激しい議論が続いている。現在クリソタイルが石綿の生産と使用の大部分を占めるため、実際的な労働者保護の上でもこのことは重要な意味を持つ。そこで、クリソタイルだけを用いてきた中国重慶の石綿工場で、過去25年間に及ぶ従業員の勤務記録と医療記録、退職者の状況と死亡者の死因調査を用いた疫学調査を行った。この工場では四川省内のふたつの石綿鉱山のクリソタイルのみが用いられており、その石綿に混入しているトレモライトは0.001%以下である。観察解析した石綿作業者は男性515人で、非粉塵曝露製造工場の男性650人を対照群とした。前者では22人の肺癌を含む132人(25.6%)の死亡が、後者では3人の肺癌を含む42人(6.5%)の死亡が観察された。1999年6月に行った作業環境調査で、石綿原料工場の繊維濃度は7.6繊維/ml、紡織工場では4.5/mlと非常に高かったが、スレート工場では0.1繊維/mlであった。Coxの比例ハザードモデルを用いた計算で、年齢分布、喫煙率について調整した石綿ばく露による総死亡、総がん死亡、肺癌死亡の相対危険度(RR)と95%信頼区間はそれぞれ2.9(2.0-4.1),4.3(2.2-8.5),6.6(1.9-23)であった。診断の誤りを避けるためがんについては病理診断がある者のみで再解析を行うと、総がん死亡と肺癌死亡のRRはそれぞれ3.3(1.4-7.9),1.9(0.5-7.8)であった。対照工場との違いによる交絡を避けるため、石綿工場内で事務とスレート工場に対して原料工場と紡織工場を比較してみると、肺癌の相対危険度はやはり8.1(1.8-36.1)と高かった。加えて、胸膜中皮腫と腹膜中皮腫が1例ずつ認められたほか、本研究コホートとは別に子供時代の家庭内紡織アルバイトが原因と考えられる胸膜中皮腫症例も発見され、トレモライトの混入の少ないクリソタイルにおいても、肺癌の増加や胸膜中皮腫が見られることが確認された。
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