今年度は、ギリシアにおける"哲学"の成立を、とりわけ紀元前6〜5世紀のイオニア哲学の系譜に位置づけられるクセノパネスとへラクレイトスの断片を中心に研究した。本研究はまず、両者の「語り口」に注目し、彼らの表現形態が思想内容と相即する様の解明を行った。クセノパネスは、エレゲイアとヘクサメトロスの詩型で語ったが、彼の思想が「詩」の形をとったことについて従来の研究はほとんど考慮をはらわず、彼を単なる「詩人」として片付けるか、哲学的な思想内容にのみ注目して「詩」という語り口を無視するかのいずれかであった。しかし、クセノパネスの思想において最も重要な断片34をめぐる懐疑論と独断論の解釈の対立は、この断片がヘクサメトロスという叙事詩の語り口によることを考慮することで解決の糸口を得られる。彼が「詩」における神への呼びかけを通じて、神の視点を導入しつつ、神と人間との認識論的区別を導入している可能性が明らかとなるのである。他方で、ヘラクレイトスは箴言の形を意識的に採用することにより、神託と共通する「謎かけ」を通じて人々の常識を覆えし、その様なかたちで真理へ至る道を示そうとしたものと考えられる。このように、哲学の成立期において様々な「語り口」が摸索され詩や神託といった既成のジャンルに依拠しつつ"哲学"がなされたことが明らかとなった。今年度はまた、こういった"哲学"が、プラトンにおいて更に意識的に取り上げられ、一つのジャンルとして理念的に確立する様も検討した。次年度はこの研究を継続し、クセノパネスとヘラクレイトスにおける詩と哲学の関係を全体として解明するつもりである。
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