研究概要 |
本研究は隋唐以前の中国仏教史とりわけ5世紀中葉から6世紀初頭にかけての戒律の具体的状況を解明することを目指すが、それにあたり本年度は、従来の研究史を整理して今後の新たな研究視座を得るべく、関連する史料の整理と研究論文の収集を行なうと共に、その基盤の上に立って、六朝仏教史における戒律の意義を多角的に検討することを試みた。より具体的にいえば、当初の研究目的・研究実施計画に記した通りの内容に従って、本年度は、六朝仏教史における戒律受容と破戒の様子を検討することと、とりわけ南朝で重視された『十誦律』が『四分律』にとってかわられた理由を推定することの二点を中心に研究をすすめた。これら二つの課題に共通するものは、六朝時代に最も盛んに用いられ、研究され、実践された戒律文献であるところの鳩摩羅什等訳『十誦律』と、それに基づいて仏教を実践した説一切有部、別名『薩婆多部』の僧侶および尼僧たちの存在である。そしてこれについては、梁の僧祐によって編集された『薩婆多師資伝』(『薩婆多部記』等ともいう) という書物があったことが、同じ僧祐の『出三蔵記集』に記録され広く知られてはいるが、現在には伝わらない。筆者は、この失われた書物の具体的な形態と意義を検討すべく、唐代の律文献に散見される『薩婆多師資伝』の原文の断片を網羅的に回収し、その特徴を探るとともに、そこから浮かび上がる六朝仏教戒律史の実態の解明につとめた。かかる視点からの研究は従来の戒律研究には見られぬ新しい視点であると自負するが、その成果の一部は、「梁の僧祐撰『薩婆多師資伝』と唐代仏教」という題で,研究発表の項目に掲げた図書に掲載される論文の一つとして発表する予定である。来年度は継続して、研究目的・研究実施計画に記した残る二点の検討を行なう。
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