本年度は、これまでに行った鑑定のうち幼女誘拐殺人事件1件および知的障害者による放火事件1件をとりあげ、鑑定手法の再検討および不十分であった理論的基礎付けの作業をおこなった。 この作業は想起の「反復」を理論的にどのように位置付けるのかという問題設定のもとですすめられた。この際、花園大学浜田寿美男教授によるいわゆる「狭山事件」の供述分析およびF.C.バートレットの想起理論を手がかりとした。想起の反復が想起内容の変遷をもたらすと同時に、想起の社会的文脈を可視化する性質をもつことを応用して、ビデオ記録等の諸証拠を通じた原事象(犯行場面)や取調べ場面への直接的なアクセスが不能な場合であっても、同一事象について反復聴取された複数の供述調書の変遷を追跡することによって、取調べ状況の推測を可能とする鑑定手法の理論的基礎付けと一般化の可能性を見出すことができた。この成果の一部は、雑誌「現代思想」(青土社)2000年4月号で報告する予定である。 また、「反復」の概念を供述調書にみられる同一事象の繰り返し想起という内容的側面のみならず、法廷証言の逐語記録や取調べのテープ録音といった対話的な想起コミュニケーションの記録における特定の過去語り文体の反復使用にまで拡張することによって、同一の理論的枠組みのなかで、さらに多様な供述データの分析を実施できる可能性も見出された。
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