研究概要 |
私たちは、他者の心的状態を読み取り、理解しようとする際、他者の顔の表情を大きな手がかりとする。私たちの日常において、表情は、部分的に人の心を映す"窓"として機能していると言えるだろう。しかしながら、その表情という窓から何を読み取り得るかということには広範な個人差が存在すると考えられる。例えば、潜在的には意味中立の表情であっても、それを怒りの表出と読む者もあれば、悲しみの表出と読む者もあるかも知れない。既に成人に関しては、そうした個々人の表情読み取りのバイアスに焦点を当て、それと人格特性および生育歴等との関連性を問うた研究がいくつか存在している。しかし、発達の早期段階における表情認知の個人差に焦点を当てた研究は稀少であり、そうした個人差がどのような養育環境の要因によって生み出されてくるのかを解明することが現時点における大きな課題となっている。本年度の研究は、そうした課題に答えるべく企図されたものである。研究対象は4〜6歳(平均5.15歳)の保育園児とその母親、72組である。幼児については個別に、中立的な表情写真12枚を呈示し、各表情写真がどのような情動を表している可能性があるかを選択回答式で問うた(12枚を通じて、各児が喜び、興味、怒り、悲しみ、恐れ、驚きそれぞれをどれだけ読み取り得たかを数値化した)。養育者については、養育者自身が日常いかなる情動を経験しやすいか、あるいは表出しやすいかをDES(Izard et al.,1991)その他を通じて測定した。結果は、養育者の日常における悲しみの表出が多いほど、その子どもが本来意味中立な表情に過剰に悲しみを認知しやすいということを示すものであった。また、子どもの喜びの認知に関しては、その養育者の喜び経験が中程度の場合に、それをより認知しやすいという傾向が認められた。親の情動特性と子どもの表情の読み取りには多少とも無視し難い特異な連関があると言えるだろう。
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