日本やイギリス等の英語圏の「カルト」、フランスやベルギー等のフランス語圏の「セクト」という語は、一般的に「マインドコントロールと呼ばれるような心理操作技術によって、個人の自律性を著しく阻害し、精神的かつ肉体的、経済的に個人を傷つける擬似的な宗教団体やその他の諸団体」と理解されている。 しかし、日仏白英ではその現象に対する認識的、制度的差異がある。 日本では、カルトは宗教ではなく、欺瞞的かつ反社会的な信念と実践から社会的にきわめて危険な集団とされる。しかし、そうした集団が社会的に認承されるのは、逆説に宗教法人法である。 フランスでは、セクトは非営利社団として非営利団体法で規定され、1980年代半から90年代半の下院の二度のセクト・レポートによって、現在、首相直属の諮問機関に監視されている。しかし、現行の刑法等を運用することで問題に対処しており、メディアのバッシング以外には、サイエントロジーが裁判で宗教と認められるなど、ある程度寛容に扱われている。 ベルギーは基本的にフランスと同様だが、崇教真光の会計上の問題に対する解散勧告など、フランスよりも政府の対応は厳しい。 イギリスはヨーロッパの中でも特異な態度を採っている。イギリスでは、カルトと一般に呼ばれる集団は、チャリティ法で公益、社会福祉の観点から規定されており、四ヵ国の中では最も寛容である。 各国間の差異の価値的基礎は、以下である。仏白が個人の自由を重視しつつも、秩序性に力点を置くのに対して、イギリスでは、個人の自由がきわめて重視される。日本では逆に個人の自由には関心が示されず、秩序性を重視する。この点は次年度の研究でより精緻に分析したい。
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