本年度においては、明治期から第1次世界大戦勃発までの時期を対象に、医師が著わした「家庭衛生」および「家庭医学」に関する、主に女性を対象とした文献を収集し、それらのテクストが「身体」「健康」「衛生」といった概念をどのようにとらえ、どのような知識・技術を伝達しようとしたのかを分析し、以下のような知見を得た。 「家庭衛生」および「家庭医学」に関するテクストでは、一家の衛生や看護は医師や看護婦に一任すべきものではなく、主婦が担うべき役割として位置付けられている。その上で、主婦が担うべき役割と、医師の役割を区別する。家庭は、「家庭医」あるいは「顧問医」をもち、患者の治療だけでなく、日常的に衛生や健康にかかわる事項を医師に相談すべきことが説かれる。たとえば、家屋を新築する際の家の向きや家屋の構造について医師に意見を求めること、家庭医は家族の体質を熟知しているので、衣食住にわたり、病気を予防する方策を講じてもらうこと、また、身体の健全な配偶者を選択するために医師の助言を仰ぐこと、などである。つまり、これらのテクストは、家庭の日常生活全般を医師の監視下に置くこと、そして医学的知識や技術を主婦に注入し、主婦を医師の助手として位置付けることを目指しているのである。これらのテクストにおける「身体」は、まず、健康を保持し、さらに強健であることによって個人や家庭を幸福にすべき身体であり、社会や国家の発展に貢献すべき身体である。身体(特に子どもの身体)は常に病の危険にさらされている危ういものであることが強調され、衣食住という生活環境や伝染病を中心とした、外部の危険から身体を守る衛生法が説かれたのである。
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