本年度は、昨年度に引き続き20世紀前半のメキシコ教育史に関する文献、資料の調査をおこない、とくに、メキシコ教育省古文書館において、1920年代、1930年代に実際の農村教育に関わった教育省担当係官、教育視学官、農村教師、農民の手による史資料を収集した。また、これらの資料に加え、農村教師の回想録を分析し、当時、国家が推進する農村教育普及活動の最前線にあった農村教師が、具体的にどのような活動をおこなったのか、あるいは、それに対して農民がどのように対応したのかを検討した。そこから明らかになったことは、教育を通じて、農村地域の経済的、社会的発展と農民の組織化、愛国心をもった「メキシコ国民」の形成をめざす国家に対し、農地改革をはじめとする農村生活全般に関わる諸問題の解決、教育によってもたらされる新たな価値観の受容や拒絶など、自分たちの利益となるよう農村学校や農村教師を利用して積極的に対応しようとする農民の姿であった。すなわち、この時代に新たに誕生した農村学校は、さまざまな価値や権力をめぐる国家と農民の「交渉の場」となり、農村教師は、その「仲介者」としての役割を果たしていたといえる。こうした研究は、当時のメキシコにおける教育運動を、社会改良のための重要な運動として称賛したり、あるいは農民の価値を無視した一方的な国民統合であると批判したりすることの多かった従来の研究に、新たな視点を提供することとなるだろう。本研究の成果は最終報告書としてまとめ、またあわせて、本研究の重要な基礎資料のひとつである農村教師の回想録を翻訳し添付する。
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