研究概要 |
トバ・バタックの改葬儀礼では,土葬後の遺骨を掘り出し,改葬墓にその遺骨が再安置される。これは元来,土着宗教の霊魂観に基づいたものであり,祖霊の地位昇格およびその結果としての祖霊からの祝福・加護の強化を意図した儀礼であった。また儀礼主催者にとっては,社会秩序の再生産・創成と深く関わるものだった。しかし19世紀後半のキリスト教布教後もこうした複葬慣行は途絶せず,1960年代以降再び,壮麗な改葬墓建立を伴う改葬儀礼が隆盛している。本研究においては,「小規模社会における伝統文化の存続」あるいは「世界宗教に対する土着宗教の抵抗」として複葬慣行を論ずるのではなく,19世紀後半以降の社会変化の中で,トバ・バタック自身によって「文化」が操作・再定義される局面のひとつとして複葬慣行に注目する立場を取る。 改葬墓に安置される被改葬者の世代深度は様々である。マルガと称される父系氏族の始祖が参照点となる場合は十数世代の世代深度となるし,儀礼主催者たちがその父母を改葬する場合のように世代深度の浅いこともある。しかしいずれにせよ,父系親族原理が貫徹しているトバ・バタック社会では,改葬儀礼は父系親族集団を可視化させる機会となる。改葬墓は北スマトラ山間部の故地に建立されるが,改葬墓建立と改葬儀礼執行には都市移住者の経済的支援が不可欠である。その意味で改葬儀礼はすぐれて都市的現象と言える。 本研究では,改葬儀礼をめぐるトバ・バタック都市移住者の言説や改葬墓建立に関連した社会的・文化的事象を分析し,改葬墓建立を契機とする社会関係の創成・再編過程とその意義を都市移住者の視点から検討することを目的としている。初年度は主として人類学・社会学分野における関連研究業績のフォローアップを通じて,トバ・バタック社会の動態を他の社会の事例と比較検討し,人の移動に伴う文化の再編過程の一端として位置づける作業を行った。
|