| 研究概要 |
清代中国(1644-1912)の地方レヴェル裁判文書(档案史料)は、裁判に関わった一般民衆の生活、慣習、心性などについて第一級の情報を提供する。本研究は、19世紀中国における告訴状と供述記録を主資料として、そこに現れる文芸的な技巧とナラティヴ上の戦略の形式と内容を分析する。
1999年度は、国内図書館での補助史料収集と、申請者が過去に収集した約560件の裁判案件及び入手可能なその他の裁判案件の整理に基づいて、告訴状における被告(訴えられている当事者)の社会的地位,役割に応じて用いられた語彙と出来事(事件)のプロットのパターンに関する研究を進行させた。
告訴状においては、仏僧、地主、小作人、小商人・工匠、寡婦などといった被告当事者の社会的地位と役割に応じて、彼らの行為や性格を形容する攻撃的語彙が戦略的に選び取られている。また、出来事を説明するプロットも、そうした個々の地位や役割に関して清代中国の社会が共有していた「かくかくの地位・役割はしかじかの性質だ」というステレオタイプ(多くが負のイメージ)に沿うかたちで物語られる。つまり、告訴状に現れるストーリーとことばは、清代中国の人々にとって現実にありえそうな出来事を提示し、それを読んだり聞いたりする人々(告訴状の提出先である地方官を含む)が文化的に受容しうるよう形成されていた。
従って、書字文化に属し、告訴状を代作していた下層識字層が、口誦伝統に属する農民が口頭で語った出来事の説明を文章化するに際しては、非識字層と識字層の両者が納得するステレオタイプに依拠し、またそれを社会的に増幅していたのである。1999年度の研究では、以上のように、清代中国における書字文化と口誦文化の境界領域で作用していた文化的イメージの循環を明らかにした。
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