本研究の目的は、前近代ヨーロッパとりわけ中世フランスにおける紛争解決の具体像、及び紛争解決システム全体に占める中世国家の位相を明らかにすることにある。二年の研究期間の一年目に当たる本年度の研究は、主として当該研究分野に関する研究動向の把握や関連資史料の網羅的収集にあてられた。しかし他方で、具体的な実証研究としては、国王裁判の実態を複数の年代記史料を用いて解明するための試論的考察「ルイ9世の裁判を巡る一考察」を纏めるにとどまった。以下その内容を要約する。 この論文では、在地の裁判証書、国王の書簡や国王裁判所裁判記録を用いて、中世歴史叙述の著しいイデオロギー的性格を指摘した。ルイ9世治世期のフランスにおいて、王の紛争解決能力を誇示しようとする国王廷臣集団は、厳格であると同時に慈悲溢れる国王像を演出し、王の裁きの物語を創造していったのである。この点において本研究は今後、資料論にまで踏み込んだ慎重な検討が必要となるであろう。また彼らの理想の国王像から明らかになるのは、中世国家は法・裁判制度の集権化と並行して、罪に対する赦免、即ち「恩赦」行為を重視していたという事実である。 この上級権力者が持っていた、あるいは持っているとされた、罪を「罰する」機能だけではなく「赦す」機能にも着目することで、中世フランスの紛争解決システムを、より構造的に把握することが出来るだろう。なかば制度化した王の恩赦こそ、国王裁判制度と王の裁きの実態との交点であり、権力把持の要であると思われる。 次年度は本年の研究を更に押し進め、ヨーロッパ世界でカロリング帝国の解体以後一時中断していた恩赦が中世フランスでいち早く再開され、その後王が恩赦権を独占していく具体的過程を明らかにしたいと考えている。
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