本研究は、法人類学の成果を援用して(1)これまで別個に研究されてきた「古き良き法」と称される中世の法観念を巡る思想史的研究と、法制度、具体的には法定立過程と裁判過程に関する制度史的研究を統合するとともに、(2)従来注目されてこなかった(1)国王恩赦や(2)住民集会などの裁判外紛争処理の実態を解明することで、中世における紛争解決システムの構造的把握を目指すものである。 本研究は平成11年度より開始されたものであり、平成11年と12年の二年間は当初の研究計画では研究動向の把握や史料データベースの作成を目的とする準備段階であったが、これまでに以下の諸点が明らかになってきている。 (1)成文化された法規範は、王国レヴェルでもまた領邦・都市レヴェルでも現実の裁判過程及びその結果に決定的な影響力を及ぼしてはいない。法規範は選択肢の一つに過ぎない。 (2)上級権力の下に置かれる裁判所は紛争解決機関としては未熟であるが、そのことは中世人の紛争解決能力の低さを意味するものではなく、地縁共同体や結社的団体の内済による調停・和解型紛争解決は高度に機能している。 (3)これまで裁判権の質的強化と量的集積が支配権拡大の指標とされてきたが、中世フランス王権は罪を赦す恩赦行為にも裁判と同等の重要性を認めている。王の権力と権威は、一見すると相矛盾する「(厳格な)裁き」と「(寛大な)赦し」の相補的関係の中で確立されていく。
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