15世紀末から16世紀初頭のイングランド人文主義思想研究の対象として前年度から継続している人文主義者に若干名を追加し、彼らの史料収集調査と基本研究を進めた。職務や宮廷との彼らの繋がりを重視して、単なる思想運動以上のものとしてとらえるために、彼らの活動を公文書で跡づける作業も試み、何人かは想定した以上に政治との関わりが無視できないことを明確にした。しかし史料のテキスト化による調査効率化は十分でなかった。同時代の北イタリアや大陸の人文主義との関連に十分配慮しつつ、また聖職や宮廷職や使節職との関わりも重視して、イングランドの人文主義者たちの「修辞学」「聖書や古典解釈に関連する歴史観」「道徳観」、そしてそれらをめぐる「価値観の共通な枠組み」の検討を目指した。そのための基軸となる特定の人物や視点を設定した。第一は、イタリアの影響が強い15世紀後半から活動している第一世代コレット、フィッシャーらが、政治と密着しつつ人文主義思想の普及に勤めた時の「修辞学」「歴史観」に注目した。第二は、政治的に有力なウォラムやフォックスらの人文主義者庇護や人文主義者の政治的活動が、政治と「道徳」との問題や「共通枠組み」形成の重要な背景であることに注目した。この基軸は、第一世代の時代と、より「政治的」傾向を強めたヘンリ8世時代とでの変化を考慮することも重要である。第三は、エラスムスに英滞在を決意させるまでに発展していた16世紀初頭のイングランドでの古典研究「修辞学」「歴史観」に注目した。第四は、第三と関連するが、1510年代後半モアらを中心として展開された修辞学と人文主義教育をめぐる論争の中での「修辞学」「歴史観」に注目した。第二の基軸の詳解や1520年代の第五の基軸設定の必要性も認識したが、まだ検討の余地が残っている。すべての観点を十分に研究し「価値観の共通な枠組み」を明確に打ち出すことはできなかった。これは、当然継続すべき史料の調査効率化作業と共に、今後の課題である。
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