18世紀末から19世紀にかけて進行したいわゆる工業化は、農村から都市への人口流出(都市労働力の供給源としての側面)に限らず、農村における生産構造、ひいては社会全体をも変えるなど、農村にも重要な影響を与えることとなった。本研究は、18世紀後半から19世紀前半のニューイングランド農村の世帯における生産と消費の変容に焦点を当てている。 マサチューセッツ州における主要な製造業の1つである製靴業では、18世紀後半から問屋制前貸制による靴製造が開始されるが、靴職人の妻や娘も靴の上皮を縫い合わせる作業をおこなう「バインダー」として、この制度に組み込まれることになり、さらに19世紀にはいると、もともと靴製造とは関係のなかった世帯の女性も雇用されるようになる。1800〜1810年代、マサチューセッツ州リンの商人がつけていた帳簿では、多くの場合、「バインダー」の賃金は、現金での支払いに混じって、キャラコなどの布や、お茶、コーヒー、砂糖などの輸入品で支払われていた。また商人の取引相手には、男性に混じって「OO夫人」というように、既婚女性も数人認められる。1852年にマサチューセッツ州で既婚女性の財産法が通過するまで、夫は、妻の賃金も含めた財産を所有することが認められていたことから、これらの女性は寡婦である可能性が高いが、この点に関しては、今後、国勢調査等による追跡調査をおこなうことによって、明らかにする予定である。また、政治・経済史の観点からいえば、1800〜1810年代は、出港禁止法や1812年戦争などの影響を受けている時期であり、このような情勢と普通の人々の生活がどのような関係にあったのかについても今後明らかにしていきたい。
|