18世紀末から19世紀にかけて進行したいわゆる工業化は、農村から都市への人口流出(都市労働力の供給源としての側面)に限らず、農村社会全体の変容をも引き起こした。昨年度より継続しておこなっている本研究では、18世紀後半から19世紀前半のニューイングランド農村の世帯における生産と消費の変容について、とくにマサチューセッツ州大西洋岸の農村であり漁村でもあったリンに焦点を当てた。 リンでは、18世紀後半から問屋制前貸制による靴製造が開始される。研究を始めた当初は、18世紀末の段階は小規模な生産で、靴の種類は奴隷や労働者向けの安物を想定していたが、実際、現地の博物館等に保存されている複数の商人の会計簿を見ると、取り引きされた靴はかなりの数にのぼり、また比較的高的品質の男性用のモロッコ革の靴や女性用のヒール靴も多く生産されていた。靴職人の妻や娘は、靴の上皮を縫い合わせる作業をおこなう「バインダー」として、問屋制前貸制度に組み込まれたが、当初は男性の世帯主の名義で帳簿が付けられていたのに対して、19世紀にはいると次第に女性の名前が帳簿の中に散見されるようになる。ちなみに多くの場合、「バインダー」の賃金は、現金での支払いに混じって、キャラコなどの布や、お茶、コーヒー、砂糖、糖蜜などの輸入品で支払われていた。1852年にマサチューセッツ州で既婚女性の財産法が通過するまで、夫は、妻の賃金も含めた財産を所有することが認められていたが、この法律と女性名義の取引の増加がどのような関係にあるのか、今後明らかにしていきたい。なお、本研究の成果の一部は、2001年に愛知県立大学で開催されるアメリカ学会年次大会と立命館大学で開催される京都アメリカ研究夏期セミナーで報告の予定である。
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