追加登録されたという経緯のため、当初、浮世草子・読本に関して考察を進める予定でいたが、充分には進まず本年度実績はやや少ないものになった。しかし、『小説文範』で引用された浮世草子については、いくつかの事柄が明瞭になってきた。 1、引用された浮世草子の名文句のうち、かなり多数のものがいわゆる「八文字屋本」からのものと判明してきた。現在、八文字屋本は西鶴の作品に比べ、低く評価されている。ところが、明治前期において、八文字屋本の評価は相当に高かったと思われる。八文字屋本の受容として注目すべき事柄である。 2、引用された浮世草子の名文句のうち、上田秋成の作品に関しては、奇妙な結果が出た。『小説文範』では、秋成の名はまったく出ない。一九・其磧の文章と誤解されて登録されている。しかし、秋成の作品から引用された名文句は、章段の中頃に出てくるなど、よほど読み込んでいないと抽出できないのである。つまり、『小説文範』の編者は、秋成だから引用しようとしたのではなく、純正にその文章を評価していたと判明する。 3、当初予定していた読本(特に京伝の作品)に関して、今現在調査検討中である。 以上、3点が本年度の状況である。
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