デジタルカメラの撮影技術の習得およびパソコン上での編集を主眼とする予備調査を国内、国外においてそれぞれ一回づつ行った。すなわち、舞踏の創始者の一人である大野一雄が主催するスタジオにおいて、大野氏およびその門下生たちの訓練の様子を収録し、アメリカ合衆国において鈴木メソッドの訓練を行っているアン・ボガードの稽古風景を収録した。また、大野、ボガードの両氏には非公式ながらもインタビューを行い、「型にはまった」、すなわち日常世界の所作から脱することができない身体をどのように解放させるか(大野)、そしてどのようにして新たな型にはめるか(ボガード)について具体的な方法論とともに伺った。これとはまた別に、伝統的な歌舞伎俳優の家系とは全く無縁ながらも新しい歌舞伎のスタイルを創出することを目指している花組芝居の座長加納幸和氏にもインタビューを行い、歌舞伎の伝統的な身体に則りながらも、現代の日本人の身体の特徴をどう取り入れていくかについて活発な議論を交わした。これらの調査と同時に、文献にあたることで日本における身体論の系譜を明らかにしていく作業を行った。すなわち、1960〜70年代に西欧演劇においてそれまでの戯曲の解釈を巾心とした演技論が批判されたことをきっかけに、現象学、なかでも、メルロ=ポンティのそれを中心にして身体論が盛んに研究されるようになる。しかし80年代以降、欧米諸国では少なくとも演劇学においては身体論の研究は衰退していったのとは対照的に、日本では竹内俊晴氏らなどによって研究が続けられる。これらは体系的ではないという欠陥はあるものの、日本の伝統芸能における身体性の優位といった固有の条件があったこともあって、興味深い見解を提出している。 これらの調査研究は同様の先行研究が少ないこともあり、11年度中は具体的な研究成果の発表に至らなかった。しかし来年度は東京で開かれる国際演劇学会のコロキウムでの研究発表をはじめとして、研究成果を公表していく予定である。
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