本年度は2か年計画の前半部として、有機体論パラダイムが成立する歴史的経緯、および十八世紀の思想状況における有機体論思想の位置付けを3つの段階に区分して研究した。 1)第一段階では、有機体論パラダイム以前のニュートン力学の世界観を研究した。力学的世界観を科学史の視点から考察した他、特に十七、十八世紀の認識論に注目し、当時の心理学理論であった観念連合論が、力学の観点から「感覚振動」の概念を導入し、人間精神を物理的に定義した事情を詳しく検証した。 2)第一段階の力学的世界観との比較において、十八世紀後半の有機体論パラダイムを定義した。具体的には、電気、磁気、気体諸元素など、物理学や化学分野での新発見と生物学とが結びつき、生命現象の本質を科学的に解明しようとする企てが盛んになったこと、並びにこの科学的生命体論が、プラトン主義や汎神論などの旧来の哲学や宗教思想に科学的根拠を与えたことを中心に考察した。この結果、物理現象のすべてを生命体論の立場から解釈する「万象生命体論」または「宇宙有機体論」とも呼ぶべき思想が生まれ、これが十七世紀の力学的世界観に取って代わった経緯が解明できた。とりわけ、ニュートンが提唱したエーテルが、万物生命体論の根拠として再解釈され、新しい宇宙観を支える概念となったこと、そして力学的に考えられていた人間の認識機能も、エーテルの一変種である「生命霊気」の概念から再定義されていった事情を明らかにした。 3)第二段階で解明された有機体論パラダイムは、主に非国教会派や、ケンブリッジ大学など体制内の比較的急進的であった教育機関に受け容れられ、そこから十八世紀後半の親フランス革命派や急進派の思想と結びつき、ここに化学、宗教、そして政治を貫徹する有機体論パラダイムの展開が完成を迎えることになった。
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