亡き妻の姉妹との結婚を禁じる法律の改正という歴史的・文化的言説を、議論の具体的な切り口とする当研究では、昨年の段階で一次資料の収集をほぼ完了し、本年度はそれらの資料の分析から導き出されたコンテクストに沿って実際の小説の読解に力を注いだ。そのコンテクストとは、亡き妻の姉妹との結婚をめぐる法律の根底を支えていると考えられる、女性の「置き換え」の言説である。近親の女性たちが次々と置きかえられることによって結婚市場の流通経済が滞りなく活性化されていくジェイン・オースティンの『マンスフィールド・パーク』を原型に据え、それ以後登場してくる19世紀小説が、血縁・類縁の関係性のなかで、この女性の置き換えの原則をどのように踏襲し、また逸脱していくかに着目することにより、従来にない読みの可能性を探ってみた。具体的には、近年再評価の傾向が著しいウィルキー・コリンズの場合、従来の正典に組み込まれなかった彼の特異性とは、一見女性の置き換え原則に基づいたストーリーを前景化しているものの、実はその女性の置き換えを実践する男性同士の関係性が、当時規範的とみなされていた性から逸脱する部分を抱え持っている点にあるのではないかという視点で論じ、また正典中の正典ともいえる『ジェイン・エア』の場合は、ジェインとロチェスターとの結婚が成立したあとで付け加えられる「シン・ジョン」エピソードの位置付けを再考することによって、女性の置き換えを達成するためには、従兄妹間の置き換えのレトリックが必要とされていたことを明らかにした。この二本の論文は『人文学報』にてすでに発表しており、当研究は今夏サセックス大学の博士論文として提出予定である。
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