研究概要 |
1999年度に引き続き,2000年度は,19世紀前半のアメリカにおけるユートピア思想・スピリチュアリズム・フェミニズム・医療行為に関する資料をおもに収集し,それらのテーマの相互的関連性が文学作品にどのように反映され,またこれら社会改革思想を広めるうえで文学作品がどのような役割を担ったかについて研究した。 社会の改革,理想的な社会の建設という共通の理念をもつ上記の思想あるいは思想の実践の特徴は,それぞれが広い意味での「科学(science)」にその正当性の根拠を求め,科学的言説を駆使したことだった。これは,19世紀前半という科学の定義がまだ確立されていない時代のアメリカにおいて,社会改革を目指すそれぞれの運動家たちが,「客観性」に訴えながら理想的国家観を主張し,その覇権を争ったことに起因する。現代的意味における科学の定義がまだ明確化されていなかったために,それぞれが訴える科学のなかには,現代では疑似科学という言葉で一括されるものも含まれていた。 こうした時代の風潮は,超絶主義(transcendentalism)を信奉する人々の実験的コミュニティー,ブルック・ファームの機関誌に顕著に現れ,また,小説家ナサニエル・ホーソンはこれらさまざまな改革思想を内包した複数の文学テクストを生産した。これらのテクストからは,「科学」をキーワードに理想的共和制をアメリカに樹立しようとした複数の思想の相互関係を読み取ることができる。ブルック・ファームの機関誌に投稿した思想家たちや,ホーソンの小説の登場人物たちは,ユートピア思想・スピリチュアリズム・フェミニズム・水治療(hydropathy)など複数領域を重複して信奉する言説を残した。こうした傾向は,独立後100年にも満たない新興国家アメリカが独立当時の理想と現実の乖離に悩みながら,新たな方向性を模索するなかで浮かび上がった一時代の特徴を反映していると考えられる。
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