18世紀に端を発したドイツ語圏の民謡研究は、19世紀前半には、口頭伝承全体の研究の隆盛へとつながっていく。この時期は、急速な産業化の進展にともなって伝統的な生活形態が消滅しつつあり、また印刷物の爆発的な増大にともなって文字の支配が決定的になり、二重の意味で口承文化が危機に瀕していた時期にあたっていた。ロマン主義から「三月革命前期」の文学者たちは、自分たちの書く「ことば」が、元来不可分であった音声から切り離され、文字の世界に閉じこめられて生命の一部を喪ったことをつよく意識し、そのため多くが口頭伝承に取り組んだのであった。また、みずから劇場音楽監督・作曲家としても活動したE.T.A.ホフマンをはじめとして、音楽への関心をいだく者も多くあらわれた。「三月革命前期」の音楽は、収集された民謡がじっさいに生かされる場面でもあった。 19世紀最大の女性詩人ドロステ=ヒュルスホフも、民謡収集にも作曲にも手を染めたひとりである。今年度は、ドロステの長編詩を手がかりに、民謡の重要な1ジャンルである「口承バラーデ」に彼女の詩が深く根ざしていることを論証し、文字で書かれた詩と、朗読・朗唱の習慣との関係を中心に、論文にまとめた。 文学と民謡・口頭伝承の関係について考察するうえで重要な作家たちの、作品や研究論文といったテクストを読み進める一方、彼らの活動に対する外側からの評価について考察するために、同時代の批評・論考を、復刻雑誌やマイクロ・フィルムから集めている。 昨年度に引き続き、民俗学(とくに近年「音楽民俗学」として独立した分野)および音楽社会学の成果を集め、データ・ベースを作成している。ドイツの「音楽民俗学研究所」との連携を深めるうえで、無視して通ることのできない課題として浮かび上がってきた、日本におけるドイツ民謡の受容の問題にかんしても、現在資料を集めている。
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