本研究は、幼児の言語獲得過程の諸相を明らかにするために、特に動詞・動詞後続形の形態素獲得に注目し、そこに働く言語的制約の性質とその獲得過程における変化を解明することを目的とする。本年度は、最も基礎となる音韻的制約について研究を行い、心的音韻表象の基本単位である"phonon"の性質について検討を重ね、以下の結果を得た。 phononは、定性的かつ定量的内部構造を持ったプロトタイプカテゴリーである。その定性的性質は弁別素性で表され、カテゴリー間の差異の体系と家族的類似性とを保証する。また、調音的性質および知覚的性質が同時に表現されることにより、両者は互いに関連し合いながらも、分節音において異なった値を持つ。これにより、幼児のr音とd音の混同に見られるような音声知覚と音声産出の間の非対称性が説明される。 調音と知覚の相互作用は、定量的性質である運動知覚モデルにおいて、さらに本質的な役割を果たす。phononの定量的性質は神経指令の目標値であり、調音コスト関数と知覚コスト関数の安定解として得られる。これにより、幼児の調音エラーは、知覚コスト関数は標準であるが、産出コスト関数の重要度が高いため、逸脱した解が導出された結果であると捉えられる。こうしたアプローチは、従来の音韻論で扱えない現象を説明し、音韻論と音声学の自然な接続を可能にすると共に、一般的な調音運動モデルや聴覚モデルとも接続させることが可能になる。 来年度は、本研究をさらに発展させ、音調と語用論との関係まで視野に入れた研究を行い、最終的な研究成果を論文集として発表する予定である。
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