研究概要 |
ウェルギリウス『アエネイス』後半の主要人物であるトゥルヌスと、ホメロス『オデュッセイア』以来のモチーフである「策略か武勇か」との関連を考察した結果、トゥルヌスは従来考えられていた以上に策略(dolus)に関わっていたことが明らかとなった。 トゥルヌスは、第9巻(150-153行)で自分は策略を用いないと強く宣言し、武勇と策略の対比を意識しているにもかかわらず、第11巻では待ち伏せを試みる。これに対する詩人の否定的評価は、カミッラのエピソードにおける策略の描写などを通じて間接的に示されている。第12巻では、トゥルヌスは姉妹ユートゥルナの策略に乗じて乱戦に加わり、アエネアスとの一騎打ちを遅延させる。このとき、トゥルヌスは荒れ狂う軍神マルスに喩えられ、擬人化された「恐怖」と「怒り」と「謀略」が付き従っていると言われる。ここで、ホメロス『イリアス』における典拠(4.440-441,13.298-299)にない要素である「謀略」が挙げられている点からも、トゥルヌスの策略への関与は明確に示されていると言える。 このように、トゥルヌスは、イタリア人のうち最強の英雄でありながら、策略を用いる点では批判的に描かれていることがわかる。こうした知見は、ホメロスの叙事詩と共通するモチーフの分析や、ホメロスにおける典拠との比較考察によって初めて明らかとなったものである。
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