ある事情の存在・不存在を正当に信じた者を保護する制度は私法上に多数存在するが、本研究は、それらの信頼保護制度を信頼者に認められる保護の態様により4つの類型に分け((1)新たな法律関係の発生を認める形での信頼保護たる「関係発生保護」、(2)既存の法律関係の消滅を認める形での信頼保護たる「関係消滅保護」、(3)既存の法律関係の存続を認める形での信頼保護たる「関係存続保護」、(4)損害の金銭的補償という形での信頼保護たる「損害賠償保護」)、各類型における信頼保護要件を確定し、その異同を検討することを通して、わが私法上の信頼保護法理を総合的・体系的に考察しようとするものである。 研究機関1年目である本年度は、(1)の関係発生保護につき、その代表例たる表見代理を取り上げて考察した。この検討に際しては、意思表示・法律行為が、表意者に一定の主観的帰責要件が認められる場合に、相手方が正当に信じた表示意味通りの内容で法律関係の発生を認める制度であることから、表見代理の成否は、意思表示・法律行為に関する諸準則の類推により判断できるのではないかと考え、この仮説の正当性の検証を試みた。その結果、表見代理に関する従来の判例・諸学説はこの仮説により理論的にほぼ整序できることが分かった。そこで、私自身がかつて研究した意思表示の成立要件論を表見代理に展開した。その結論のみを簡単に示せば以下の通りである。表見代理は、本人が対外的法律関係を形成することになるとの意識(表示意識)を伴ってした容態に、相手方が、代理行為者に問題の代理行為をする資格ありと本人が証しているとの意味を正当に付与してよかった場合に、成立する。本人の真意と相手方が本人の容態に正当に付与した意味とが齟齬する場合、本人は、重過失がないことを要件に、前述の代理資格証明表示を錯誤に関する民法95条類推により無効とすることができる。
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