平成11年度は、第1に、日本民法709条の基本構造を解明するために、フランス民法の起草過程に端を発し、ボアソナード草案・旧民法を経て、明治民法の起草過程に至る同条の沿革史について、これまでの研究よりも更に詳細な検討を加えるとともに、第2に、その後の学説の展開について、各学説の過失論を始めとする不法行為理論の全体構造と賠償範囲論との関係に留意しながら検討を行った。 フランス民法1382条は、如何なる種類の行為によって生じた如何なる種類の損害であれ、過失によって他人にもたらした損害は、少しでも過失があり如何に軽微な影響しか与えていなくても、全部の損害を賠償させるという趣旨で立法されており、責任原因である過失と賠償範囲とを切り離す構造となっている。日本民法709条も、この構造を基本的に継受している。その後の日本の学説も平井説登場までは、英法の影響を受けたと見られる一部の異説(菱谷精吾、村上恭一)を除き、過失の「内容(射程)」と賠償範囲の判断を切り離す立場を堅持してきた。日本民法とフランス民法は一つの不法行為要件であらゆる種類の損害をカバーする「統一的要件主義」をとる点で、「個別的要件主義」をとり個々の不法行為規範が如何なる種類の損害を保護の射程としているかを問う必要のあるドイツ民法(および英米法)と構造を異にしている。これに対し、過失の「程度(大小)」と賠償範囲とを結びつけるスイス債務法の立法主義をとらない点では、日独仏は共通している。日仏とも一部の異説はあるが、過失の「程度(大小)」と賠償範囲とを結びつけない立場の学説が主流である。 平成12年度は、フランスの学説と判例、日本の判例と近時の学説について、過失論・損害論を始めとする不法行為理論の全体構造との関係に留意しながら賠償範囲論の検討を行い、解釈論的提言への示唆を得たい。
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