本年度は、ドイツにおけるコンツェルン労働法(Konzernarbeitsrecht)の研究を進める予定であったが、日本労働法学会50周年記念刊行事業 講座・21世紀の労働法[全8巻]』(以下、『講座』)の執筆メンバーに選ばれたため、日本法における企業間労働力移動に関する研究がやや先行することになった。以下では、かかる『講座』に関わる研究成果の概要について述べる。 『講座』では、「企業結合と労働契約関係」と題する項目の執筆を担当している。企業結合とは、いわゆる合併・営業譲渡を指し、申請者が研究課題において想定する「持株会社を中心とする企業間労働力移動」の一端を担う重要な概念といえる。 わが国において企業結合が実施された際の労働法学上の最大の関心事は、合併前企業・譲渡元企業に雇用される労働者の労働契約関係の帰趨である。つまり、合併の場合、当該労働者は合併後企業と労働契約関係を維持できるのか、営業譲渡の場合は、譲渡元企業との労働契約関係が維持されるのか、譲渡先企業へ労働契約関係が移転するのかという問題が争われることになる。 申請者は、かかる論点の解明にあたって2つの視点を用いた。一つは従来の日本法における判例・学説の分析であり、他方はドイツ法の紹介・検討である(後者の部分が、申請者の当初計画と関連する)。その結果、合併と営業譲渡とでは、異なる結論を達した。つまり合併においては、合併後企業に労働契約関係が継承される。これは日独ともに(関連する)明文の法規定に基づく。他方、営業譲渡においては、(1)ドイツでは労働契約関係の移転が民法上規定されているのに対し、わが国にはそのような規定は存在しないこと、(2)とすれば、基本的に関係当事者間の意思解釈の問題であること等を理由に、特別な事情が存在しない限り、譲渡元企業との労働契約関係が存続すると解される、と。
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