初年度である本年は、ヨーロッパ連合=EUにおける立憲原理である補完性(サブシディアリティ)を、重層的な政体を支持する原理として位置づけ、ポスト・ナショナルな政治思想の在り方を探った。 これは、ナショナルの枠と伝統的に結びついてきた政治学的諸概念(民主主義・公共性・市民権)を批判的に再検討する事を意味した。民主主義がナショナルの枠の中でしか作動しておらず、公共空間は国境ごとに分断され、「市民」は「国民」とほぼ同義語化しているという現状にたいして、EUにおける補完性の考え方は、多層的政体を理念的に支持し、立ち上げることを目指しており、それに従えば、既成の政治学が依って立つ概念上の基盤が揺らぐという点に注目したわけである。 もとよりこれらの再検討は時間のかかる作業であるが、当面今年度は、政治思想史・法哲学・憲法学、またヨーロッパ研究などの分野で開かれた研究会で、これまでの論考をぶつけ、そこでの反応を見ながら思索を深めることになった。なかでも、英ワオーリック大におけるシンポジウムにおいて発表の機会をもてたことは、幸いであった。さらに、そこで深められた成果の一部は公表され、なかでも「重層化する政治空間」『世界』論文(1999年658号)は、本研究プロジェクトの成果を要約的に世に問うたものとなった。 次年度は、これらの論考をまとまった著作の草稿へと発展されることを目標としたい。
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