日本の訴訟率の低さを説明する有力な仮説である「予見可能説」に関して分析した。予見可能説とは、日本の訴訟率が低いのは判決がたやすく予想できるからであるという説である。従来の理論研究では、原告・被告の一方は予想される判決に関して完全な情報を持ち、もう一方は不完全な情報しか持たない状況を想定し、一方当事者の予測精度の改善が訴訟率の低下をもたらすことを明らかにしていた。本研究では、両当事者が不完全な情報しか持たないケースを分析した。この結果、両当事者の予測精度の改善が必ずしも訴訟率の低下をもたらさないこと、両当事者の予測精度の低い状況で訴訟が非常に起きにくいことを明らかにした。また両当事者の予測精度の絶対的な水準よりも、むしろその格差が高い訴訟率をもたらすことを明らかにした。更に、判決の長期的な効果と訴訟率の関係について分析した。将来同様の訴訟を多く抱える可能性のある当事者(例えば製品の欠陥に関して一人の消費者と争っている企業)は、敗訴すると将来の紛争時の和解交渉に不利になる可能性がある。このような当事者は、短期的な裁判の勝ち負けだけでなく判決の将来の影響についてまで考えた上で現在の紛争の和解の可能性を探ることになる。当事者の予測精度の格差のある状況で、このような長期的な視野を持つ当事者の影響を分析した。この結果、予測精度の高い当事者が長期的な視野を持つ場合訴訟率が下がり、予測精度の低い消費者が長期的な視野を持つ場合には訴訟率が上がることが明らかになった。またより基礎的な研究として、訴訟の基となる紛争の一例として、損害賠償制度について分析した。損害賠償に関しても予見可能性が大きな役割を果たすことが知られている。本研究では予見可能な損害額のみ賠償するルールの是非について、市場の競争状態との関連で明らかにした。
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