日本の訴訟率の低さを説明する有力な仮説である「予見可能説」に関して分析した。予見可能説とは、訴訟率が低いのは判決が予想しやすいからだという説である。従来の研究では、原告・被告の一方のみが予想される判決に関して完全な情報を持つ状況を想定し、他方の予測精度の改善が訴訟率を低下させることを明らかにした。本研究では、両当事者が不完全な情報しか持たない場合の分析から出発し、予測精度と訴訟確率は単調な関係を持たず、最も確実に訴訟が回避され、和解が選択されるのは両者ともに全く情報を持たない場合であることを明らかにした。また、訴訟率の異なる複数の均衡が存在する可能性も明らかにした。これは、客観的な状況は全て同じであっても、社会全体の期待に応じて訴訟率が高い社会となったり低い社会となったりすることがあることを意味する。また、訴訟費用が訴訟率に与える影響とそのメカニズムについても明らかにした。 同時に、基礎的な研究として、近年その司法的な側面が注目され、訴訟の分析としても重要であると考えられるようになった、独占禁止法及び競争政策に関連する問題について研究した。競争制限的な政策の理論的な根拠とされる「過剰参入定理」に関連して、特にこの分野の研究の先駆者であるSalopのモデルに基づいて分析した。その結果、参入企業数が市場メカニズムにおいて過大となる状況において望ましい政策は、競争制限ではなく競争促進によって企業の淘汰を促すことであることを明らかにした。つまり、「過剰参入定理」が成り立つ世界においてすら、独占禁止法の適用を厳格にし、その結果訴訟が増加したとしてもその訴訟費用の増加を凌駕するほど社会的な利益が得られる可能性があることを明らかにした。また、そもそも過剰参入定理が、整数問題を考えると必ずしも成立しないこと、この問題は均衡参入数がどんなに大きくとも解消されないことを明らかにした。
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