本研究では専門職労働者の労働市場の機能を記述する経済モデルを作成した。分析の中心となるモデルは、オーソドックスな労働市場の均衡サーチモデルであるが、就業中の労働者に、自分の専門のキャリアを変更するか、失業して労働市場で求職活動を行うかの選択を迫る経済的ショックが恒常的に発生する仕組みを導入した。本研究では、以下2つのパターンに分けて分析を進めた。 (1)労働者の技能が企業による訓練投資によって生成される場合 労働者と企業が常に高技能投資を選択し、ショックに対して労働市場を利用する「市場調整」均衡と、低技能とショックに対してキャリア変更で対応する「企業内調整」均衡が、パラメータの範囲によって同時に成立することを示した。また複数均衡が存在する場合、経済厚生はほぼ「市場」調整均衡の方が高くなる。 (2)労働者の技能がlearning by doingで高められる場合 労働市場において企業が労働者の技能水準を確認できないという仮定の下で、(1)と同様、ショックにあたって高技能労働者が労働市場を利用する「市場調整」均衡と、企業内でキャリアを変更する「企業内調整」均衡が、複数均衡として並立しうることを示した。 (1)の場合複数均衡が生じる原因は、労働者と将来の企業との間の協調の失敗が存在するからであり、これは先行研究でも確認されているメカニズムであるが、失業という資源配分上のコストを差し引いても協調の失敗のコストが大きくなること示したのが本研究の成果である。また(2)では、労働市場の逆選択効果が発生するため、特定の専門職業に対する社会的・集団的評判が確立されず、労働市場が不活性になる可能性を示した。
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