本研究は、企業内における知識の移転を促進する管理会計システムの設計を明らかにすることを意図している。知識の移転は、既に組織内に存在する知識を再獲得するために消費される資源の節約、節約された資源の新たな知識の創造への利用、知識の移転による異質な知識との結合の可能性などの点において組織に多くのベネフィットをもたらすと考えられる。 しかしながら、実際には、知識の移転は知識の受け手側が有する特性(NIHシンドローム)、必要な知識の所在の不明確性、知識の送り手側に起因する理由(知識の独占が組織内でのパワーに結びつく、知識の成文化のための追加的努力の必要性)、知識の移転が行われるコンテクストの特性に起因する理由(相互信頼性の欠如、共通言語の欠如)といった要因のために阻害される傾向が強いことが明らかにされた。また、従来、会計システムは階層的なアカウンタビリティと密接に結びついており、このことが組織内での横断的な知識の移転を阻害している可能性があることも明らかにされた。 いくつかの企業においては、これらの阻害要因にもかかわらず、組織内における知識の移転を促進するための取り組みを行っている。その中でも管理会計システムの設計が大きく関わっている企業の実例として、富士通のソフトサービス部門におけるナレッジ・マネジメントをあげることができる。富士通ではインセンティブ・システムを工夫することで、現場のSE間での知識の移転を促進しようとしている。また、相互信頼関係の構築に会計システムの設計が貢献している事例も明らかになった。相互信頼関係は組織内での知識の移転を促進する一つの要因と考えられる。 今後は、さらに事例研究を進めるとともに、横断的なアカウンタビリティにおける管理会計システムの役割についても考察を進めたい。
|