多体量子力学系に対する散乱理論において、特に外力場として時間的に不変な一様電場が入った系に対して、私はこれまで漸近完全性の問題を中心に研究し、その解決をなしてきた。その研究においては、完全性の証明に有用となると考えられる伝播評価をいくつか提唱及び証明し、それらを用いての完全性の証明も極めて自然と思われる形で与えた。 漸近完全性の問題は散乱理論において大きな問題の一つであるが、それについての解決を与えた後では、漸近完全性によりその存在が保証される散乱行列の性質へとその興味は移ることになる。この性質の解析においては、系のハミルトニアンのレゾルベントに対する詳細で有用な評価が見出されると、研究が進みやすいことが知られている。ところが、この系に対するレゾルベント評価は抽象論から導出されるもののみ知られており、それらは解析の上ではそれほど強力なものとは言えなかった。そこで私は系の性質を洞察した上で、運動量空間や配位空間での、物理的に自然と思われるカットオフを導入することにより、新しい形のレゾルベント評価を提唱し、それらを証明した。この結果については現在執筆中である。 物理的に見て自然と思われるのは、先に述べた伝播評価と、得られたレゾルベント評価との関係の妥当性にある。大まかに言うと、伝播評価とレゾルベント評価とはラプラス変換を通じて対応を付けられるのであるが、得られたレゾルベント評価はこれまでに得られていた形の伝播評価をカバーし、更に他の形の評価も与えているという点で新しいと思われる。
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