本年度は「カットオフ散乱角」に関して基礎研究をおこなった。カットオフ散乱角(以下CSA)とは、弱い不均質性による地震波の散乱減衰を定式化したWuとSatoの理論において必然的に導入されるパラメータであるが、その正確な値は長らく議論の的であった。申請者は以前、因果律という物理的制約条件を課すことで、音響学的極限についてはCSAが一意に定まることを理論的に示した(以下理論I)。本年度は、以下の点に関して理論Iを発展させた。まず、理論Iで論理的に不完全だった点を改善した(この改善は最終結果には影響しなかった)。また、Wuらの理論で無視されていた回折の効果を理論Iに繰り入れることにより、回折の効果に由来するCSAの伝播距離依存性を定量的に導いた。その結果、不均質の特徴的スケール(相関距離)のわずか数倍程度の距離を波動が伝播するだけで、回折の効果によりCSAが劇的に低下することを示した。このことは過去に得られたCSAの実験的推定値が互いに一致しなかったことを説明づける。今後はCSAの伝播距離依存性を数値波動シミュレーションにより調べ、上記理論の妥当性を検証する予定であり、そのための準備は概ね整った(当初の計画では本年度中に実験を実行する予定であったが、上述の理論の構築を先行させることにした)。 なお、当初の計画で予定されていた理論Iの弾性波散乱への拡張は本年度中には終了しなかったので、来年度に継続予定である。これは、拡張の際に不可欠な「不均質媒質の静的弾性定数」に関して、(音響媒質の場合と異なり)弾性媒質の場合には一般に厳密解が存在せず、最適な近似解を得るためにおこなった資料収集が予想外に長引いたことが原因である(最終的には最適解を発見できたので、問題解決の目途は立った)。
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