本年度は、モデル構築や解析に必要な資料の収集、並びに対象海域で卓越する潮汐場の過去2万年間の変化を調べるための数値実験を行った。後者の結果から、1)今日より海水準が100m以上低かった最終氷期最盛期には、湾奥にあたる対馬海峡西方の潮差が現在よりかなり大きかった、2)約8千年前までは現在黄海に3つ存在する無潮点が存在しなかった、3)東シナ海・黄海での最大潮差は低海水準時には朝鮮半島南西岸に分布し、黄海沿岸は低潮差域であったが、その後の海面上昇・海域拡大に伴って最大潮差海域が現在の朝鮮半島西岸へと移動していった、など最終氷期後の2万年間に黄海・東シナ海の潮汐場が大きく変化していたことが明らかになった。解析の結果、黄海の潮汐場の変化には、水深変化に伴う固有振動の変化に加え、長江河口の北側に張り出した陸棚が低海水準時の海盆の入り口が狭めていた影響が大きかったことがわかった。さらに地質資料を参照することにより、黄河、長江起源の堆積作用を除いた海底地形による潮汐場の推定を試みた。その結果約6千年前の海進時には海水準は現在と大差ないが、長江河口付近には沖合からの潮流が集中し、特に半日周潮は現在よりもかなり強かったことが示唆された。一方渤海沿岸の黄海河口付近はやや大きいものの今日同様潮差はそれほど大きくなかった。海水準が以上現在より45m低かった約1万年前には今日堆積作用により埋没している長江河口谷が400kmに及び存在し、その内部では現在よりやや日周潮成分が強く、潮差の極大・極小域が偏在する複雑な潮位の空間分布が観察された。この潮位分布については日周潮が湾の第一固有モードに、半日周潮が第二モードの周期に近いことから説明が可能である。以上の知見は現在活発に行われている地質・古生物資料に基づく東シナ海の古環境復元、地形発達研究を進める上で重要な手がかりを与えるものと考えられる。
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