メリチンはミツバチ毒の主成分であり、26残基のアミノ酸からなる塩基性ポリペプチドである。主たる生理活性は赤血球の破砕で、細胞膜を校正する脂質二重膜に作用するものと考えられている。その作用機序には"wedgemechanism"など幾つかのモデルが提唱されているが、膜に作用する際にペプチドがα-helixを構成していること以外の詳細については明らかにされていない。紫外共鳴ラマン分光法(UVRR)は、蛋白質・ポリペプチドの芳香属側鎖のコンフォメーションや周囲の環境を調べるのに有用な手段で、試料の状態に関係なく測定可能という利点を持つ。本研究ではメリチンのTrp-19残基に注目し、水溶液中や脂質二重膜中での同残基が置かれている環境について検討した。 メリチンの水溶液にNaCl等の塩を添加すると、メリチンは4量体を形成し、そのコンフォメーションがランダムコイルからα-helixに変化することが知られている。メリチン水溶液のUVRRスペクトルを測定すると、塩の添加量の増大につれてラマンバンド強度の増大が見られた。Trpの共鳴ラマンバンド強度はインドール環周辺の環境が疎水的になると増大するとされており、4量体形成に伴ってTrp-19側鎖が4量体内部に埋もれたことを示唆している。バンド強度の増大はα-helix含量の増大と連動しており、4量体形成が2状態遷移であることを示唆している。人工脂質二重膜にメリチンを結合させた系でも水溶液に比べベラマンバンド強度の増大が見られた。膜に形成する際にも、Trp側鎖が膜中に埋もれることを示唆しているが、特に酸性脂質で構成された二重膜に結合する際には脂質とペプチドの混合比を変化させるとラマンバンド強度は2系で変化した。このことから、メリチンの酸性脂質二重膜への結合様式は少なくとも二種類存在すると考えられる。
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