メリチンはミツバチ毒の主成分であり、26残基のアミノ酸からなる塩基性ポリペプチドである。主たる生理活性は赤血球の破砕で、細胞膜を構成する脂質二重膜に作用するものと考えられている。その作用機序には"wedge mechanism"など幾つかのモデルが提唱されているが、膜に作用する際にペプチドがα-helixを構成していること以外の詳細については明らかにされていない。紫外共鳴ラマン分光法(UVRR)は、蛋白質・ポリペプチドの芳香属側鎖のコンフォメーションや周囲の環境を調べるのに有用な手段で、試料の状態に関係なく測定可能という利点を持つ。本研究ではメリチンのTrp-19残基に注目し、水溶液中や脂質二重膜中での同残基が置かれている環境について検討した。 メリチンは溶血活性のほかに、大腸菌など各種細菌を破砕する抗菌活性も有するが、4残基をD-アミノ酸に置換したジアステレオマーを合成すると溶血活性を失い、抗菌活性のみが残ることが知られている。このことはメリチンの誘導体が殺菌剤として有用である可能性を示唆している。赤血球の細胞膜は中性脂質を主に含むのに対し、細菌の脂質は主に酸性脂質で構成されている。酸性脂質で構成された人工脂質二重膜にメリチンジアステレオマーを作用させると、Trpの共鳴ラマンバンド強度が増大したが、メリチンが酸性脂質膜に結合したときほどの増大ではなかった。前年度の研究から、このことはTrp-19側鎖が脂質膜内部に埋もれたことを示唆しており、メリチンではジアステレオマーより深く埋没していると考えられる。また、中性脂質膜に対して作用させても強度増大は起きず、親和性が低いことを示唆している。メリチンは脂質膜に結合するときにα-helixを形成することが知られているが、ジアステレオマーでは立体障害のために形成できない。このことが膜に対して作用するときの差異としてあらわれたと考えられる。
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