本課題においては、未だ理解の遅れているダイポールガラスについて熱および誘電的特性化をはかり、ダイポールガラス状態とその凍結機構に関する詳細な知見を得ることを目的として研究を進めている。本年度は、このために新たなダイポールガラス形成固溶体として期待がもたれる強誘電体PyHBF_4(Py=C_5NH_5)と反強誘電体PyHPF_6との混合系結晶試料の合成手法を確立するともに、得られた結晶試料の交流誘電率を測定した。 その結果、PyHBF_4とPyHPF_6との水-エタノール溶液の混合組成を変えることで、再結晶法により任意の組成をもつPyH(BF_4)_<1-x>(PF_6)_x結晶が得られ、赤外吸収スペクトルのB-FおよびP-F伸縮振動に基づく吸収の面積強度比から、組成xが精度良く決定できることを明らかにした。 交流誘電率測定においては、試料の組成が中間組成(x=0.5)に近づくにつれて、強誘電-常誘電あるいは反強誘電-常誘電相転移温度が低下するとともに、相転移に基づく誘電異常が減少し、0.41【less than or equal】x【less than or equal】0.65の組成領域では相転移が消失することが観測された。この試料組成に依存した連続的な相転移挙動の変化から、PyH(BF_4)_<1-x>(PF_6)_xが0<x<1の全組成領域で固溶体を形成することが確認された。さらに、固溶体試料においては液体窒素温度領域に誘電緩和現象が観測され、相転移が消失する中間組成の試料においては、低温でダイポールガラス状態が実現していることが明らかとなった。 今後は、PyH(BF_4)_<1-x>(PF_6)_x固溶体のxが異なるいくつかの試料について断熱型熱量計を用いた精密熱測定を行い、ダイポールガラス凍結現象を熱的に観測し、ダイポールガラス状態が'熱力学的平衡状態にある一つの相'であるのか'非平衡凍結状態'であるのかを解明するべく研究を進めたい。
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