水和は、蛋白質などの生体分子の構造を決める重要な因子である。水和は、大きく疎水性水和と親水性水和に分けられ、その区分を最も明瞭な形で示す熱力学変数が溶質の部分モル比熱である。これまで、部分モル比熱については、低分子の溶質についても高分子の溶質についても、加成則に基いてsolvent accessible surface areaをパラメータとする経験的な議論が多くなされてきた。これに対して、統計力学の一般原理の教えるところでは、比熱は系の揺らぎを表す量であり、系の構成分子のエネルギー間の相関を表す量である。本研究では、溶質の部分モル比熱と溶液構造の溶質の挿入による変化とを結び付ける水和殻モデルの統計力学的基礎を定式化し、水和殻中の溶媒分子間の相関がどのようにして溶質の部分モル比熱として発現するかを理論的に明らかにし、部分モル比熱を溶質の周りの溶媒分子の構造・エネルギー相関に結び付ける一般的な手法を開発した。さらに、メタン水溶液について、溶質から様々な距離にある水分子の部分モル比熱に対する寄与を計算し、水和殻モデルの妥当性と限界を検討しし、様々な経験的なモデルの信頼性を論じた。また、部分モル比熱が水和の温度依存性を特徴付ける熱力学量であることに鑑みて、広い温度範囲で疎水性水和を熱力学的に検討し、水の異常性を生み出す水素結合の効果と溶液系を非特異的にする温度効果の拮抗関係を解析した。そこでは、亜臨界及び超臨界条件における水の有機物質の溶解性は、水が高温でその水素結合を失い極性が下がることに由来するのではなく、むしろ、温度上昇に伴う非特異的な効果であることが見い出された。無極性溶質間の水中での相互作用についても解析を行い、は、水の密度のみ、無極性溶質の会合は水の密度のみによってほぼ決定され、温度効果は小さいことが分かった。
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