本研究の目的は「溶質-溶媒系においてエネルギー分散の動的揺らぎの緩和機構を、分子論的に解明する」ことである。平成11年度にはサブピコ秒過渡的ホールバーニングスペクトル測定を行い、ホール幅の実測値からエネルギー分散の緩和の動的応答関数を得た。溶媒には、有機極性系に加えこれまで実験結果の蓄積に極めて乏しい無極性系をも用いた。溶媒の極性に関わらず、エネルギー分散の緩和は系の平均エネルギーの緩和より著しく(約一桁)遅いことを見出した。 今回の実験結果は、溶媒ゆらぎの動的緩和モードは唯一ではなく、エネルギー分散および平均値に対してそれぞれ別の緩和モードが重要であることを示唆している。そこで相互作用点モデル(RISM)理論を用い、実験で示された異なる緩和モードの理論的予測を行った。まず溶質から見込んだ溶媒の相互作用点の静的分布を、拡張RISM方程式を使って得た。次に、拡散極限においてSmoluchowski-Vlasov方程式を解くことにより、溶媒の動径分布関数の時間発展を見積もるとともに、平均エネルギー緩和の動的応答関数を溶媒の光学モード(回転運動)および音響モード(並進)に分割した。 その結果、第2溶媒和圏の溶媒配向の緩和は第1圏に比べておよそ一桁遅いことが分かった。一方、平均エネルギー緩和の大半(>99%)は溶媒の光学モードに一致することを見出すとともに、音響モードの緩和は光学モードの緩和よりも極端に遅いことを明らかにした。実験で観測されたエネルギー分散のダイナミクスは、第2(および更に遠い)溶媒和圏、ならびに溶媒の音響モードの緩和機構によって特長付けられているものと考えられる。
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