アシルクロマート錯体は、アルキルリチウムとCr(CO)6との反応などで得られ、安定な錯体であり、Fischer型カルベン錯体やカルビン錯体の前駆体などに古くから用いられてきた。しかし、アシルクロマート錯体自身のアシル金属種としての反応性は乏しく、ニッケルや鉄などの他のアシル金属種と比べ、アシルアニオン等価体としてはほとんど用いられていなかった。今回、我々はこのアシルクロマート錯体をアシル金属種として用いるために、アルキルクロマート錯体を前駆体として用いる方法を開発することができた。 従来、アシルクロマート錯体をアシル金属種としてオレフィン類やアセチレン類と反応させるには、熱や光により配位不飽和種を生成させることが必要であった。しかも反応するオレフィン類としてはアクリル酸メチルなどの反応性の高い基質に限られていた。しかしながら、アルキルクロマート錯体を出発物質とすると、アルキル基のカルボニルへの移動の際、同様な配位不飽和種が生成することになる。このようなアルキルクロマート錯体からのアシルクロマート錯体への変換反応は低温で進行しうることが知られており、このことを利用すれば穏やかな条件でアシルクロマート錯体のオレフィンへの反応が進行するのではないかと期待される。アリルオキシカルベン錯体を出発物質とし、この錯体へのアルキルリチウムの付加反応により生成するアルキルクロマート錯体の反応を試みた。その結果予期したようなアルキル基のカルボニルへの移動と同時に分子内のオレフィンの挿入反応が進行し、環状ケトンが高収率で得られることがわかった。
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