研究概要 |
本研究の目的は、動物における共同行動の進化メカニズムの説明として現在注目されているポリシングの理論と繁殖スキューの理論を,具体的なデータにより批判的に検証することにある。初年度の本年度は、ワーカーに産卵を相互妨害するポリシング行動の存在が判明しているトゲオオハリアリで、このポリシングの進化条件の一つとされるワーカー産卵がコロニー全体の生産性に与えるコストの存在を、世界で初めて証明した。概略は以下の通り。まず、室内で実験的にワーカー産卵を誘導したコロニーとしないコロニーの生産性を比較する実験を行った。1コロニーを女王存在部分と女王不在部分にランダムに分割した。女王不在部分ではワーカー産卵が起こる。ワーカー産卵の有無以外の条件を均一にするため、3週間に一度成虫以前のステージの個体を半分交換し、成虫数はランダムに間引くなどして揃えた。これで卵供給、子の性やコロニーサイズをほぼ均一にできる。複数のコロニーで半年以上にわたり反復実験したが、単位時間当たりの蛹化数や羽化数に統計的に有意な差は見られなかった。しかし、一部の個体の移動を制限する実験で、ワーカー産卵を誘導したところ(移動を制限して女王と接触不能にするとワーカーは産卵する)、ワーカー産卵を行うグループの個体の方が、同じコロニーのワーカー産卵をしないグループより、平均26%寿命が短いことが判明した。寿命の短縮は生涯労働可能時間の短縮を意味するので、これはコロニー全体の適応度へのコストであると見なせる。寿命短縮の至近メカニズムは過労と思われるが、今後厳密な証明が必要である。ポリシング進化の究極要因のもうひとつの説明である、低い血縁関係の検討についても来年度以降の課題である。繁殖スキューに関してはスキュー示数の理論的な検討を行った。森下のアイデルタとKokko&Lindstromのラムダが、繁殖成功度の平均値に依存しない望ましいインデックスであることを明らかにし、それぞれの示数が推定する母集団のパラメータが何であるか、初めて議論した。これ以外にも、トゲオオハリアリでワーカー産卵を抑制する女王物質である可能性がある体表炭化水素成分を合成し生物検定したが、結果はネガティブであった。
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