本研究の目的は、動物における共同行動の進化メカニズムの説明として現在注目されているポリシングの理論と繁殖スキューの理論を、具体的なデータにより批判的に検証することにある。最終年度の本年度は、昨年度ワーカーポリシングを進化させる究極要因としてその存在が推論されていたワーカー産卵のコストを世界で初めて厳密に明らかにしたトゲオオハリアリで、特にポリシングとコロニーサイズの関係を研究した。本種においてワーカーによるポリシングは小さなコロニーでより頻繁に生じる。従って、コロニーのサイズに関する情報を個々の個体の行動に反映させる機構が存在するはずだが、いわゆる「コロニーサイズ認識」のメカニズムは社会性昆虫ではほとんど解明されていない。本種の女王(交尾したワーカー)はコロニー内を定期的にパトロールし、存在をワーカーに積極的に知らせていることが分かっている。1回の平均パトロール時間は約2分弱だが。この時間はコロニーサイズとともに延長される。女王の行動のこの柔軟性により、大きなコロニーでも短時間に全てのワーカーに女王の存在情報が伝わる。詳しい実験により、女王がコロニーサイズに正しく反応するのは、以下のフィードバック機構によることが分かった。コロニーが大きくなると一部のワーカーが女王と長く接触できず、卵巣を発達しはじめる。女王はパトロール時に卵巣を発達させたワーカーに出会うと、パトロール時間を延長する。出会わなければパトロール時間を短縮する。ここで、卵巣の発達情報はヘキサンで抽出可能な体表物質(おそらく炭化水素)であることも示された。この研究でコロニーサイズ認識の具体的な機構が世界で初めて解明された。ワーカー側も女王との接触頻度通してコロニーサイズを把握している可能性が高い。小さなコロニーでワーカー産卵の相互ポリシングがより頻繁に観察されるのは、コロニーの繁殖活動を栄養生殖(ワーカー生産)から生殖(雄生産)へ、適応的に切り替えさえるメカニズムであるとする、ワーカーポリシングの第3の機能が本研究で示唆された。繁殖スキューに関してはスキュー示数の理論的な検討を行った。森下のアイデルタとKokko&Lindstromのラムダが、繁殖成功度の平均値に依存しない望ましいインデックスであることを明らかにし、それぞれの示数が推定する母集団のパラメータが何であるか、初めて議論した。この研究はAmerican Naturalist誌への掲載が決まった。
|