長野県北八ヶ岳の縞枯山南西斜面の亜高山帯針葉樹林では、林冠木が帯状に集団枯死・一斉更新する縞枯れ現象が見られる。縞枯れ更新林では水平方向に広がる立ち枯れ帯が約100m間隔で縞状に現れる。縞枯れ更新林の林床下に生育するケシ科の多年生草本オサバグサとキク科の多年生草本カニコウモリ集団の遺伝的空間構造を調べた。オサバグサは斜面全体に生育しているのに対して、カニコウモリは光環境の好適な場所に生育が限られ、主に立ち枯れ帯に縞状に分布し分集団化されている。複数の調査区より葉を採取し、アイソザイム多型解析を行った。その結果、カニコウモリでは6遺伝子座、オサバグサでは4遺伝子座で多型が見られた。カニコウモリは低い割合で自殖を行い、個体間の距離に関係のない遺伝的空間構造が示した。オサバグサでは、カニコウモリよりはやや高い割合で自殖している。カニコウモリでは、縞ごとに遺伝的な分集団化はおこっていなかった(F_<ST>=0.008)のに対して、オサバグサについては弱い分集団化がみられた(F_<ST>=0.031)。林床の草本において遺伝的多様性を保ちながら、分集団化がおきていない例は少なく、縞枯れ更新という生育地の周期的な環境の変化が林床草本の遺伝的空間構造に影響している可能性がある。特に、立ち枯れ帯に分布が局在するカニコウモリについては、山麓側から移動してくる森林更新によって集団同士が混ざり合うことによって遺伝的な分化が妨げられている可能性がある。
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