オルガネラDNAの母性遺伝は、生物全般にみられる普遍的原則である。しかし高等植物には、両性遺伝する種も存在する。研究代表者は両性遺伝型の植物種であるアサガオを用いて、花粉の形成・成熟過程を通じて詳細にオルガネラDNAの挙動を追跡した。その際、1細胞内でミトコンドリアDNAと色素体DNAを識別するという新しい形態学的手法を開発した。その結果、雄原細胞形成直後に、雄原細胞内の色素体DNAが劇的に増加し、ミトコンドリアDNAが減少・消失することを見いだした(Nagata et al.1999;Europ.J.Cell Biol.)。このことから、研究代表者は「高等植物においてオルガネラDNAが母性遺伝するか両性遺伝するかは、花粉雄原細胞において父方オルガネラDNAが分解されるか合成されるかに依って決定される」という仮説を導きだした。様々なオルガネラ遺伝型の8種の植物種を用いて、個々に遺伝学的証拠と細胞学的証拠を照らし合わせた結果、この仮説は立証された(Nagata et al.1999;Planta)。古くから、物理的に父方オルガネラが排除されて母性遺伝が成立すると考える「物理的排除説」と、父方オルガネラDNAが分解されるか合成されるかに依って遺伝様式が決定されるという「DNA分解・合成説」が対立関係にあったが、本研究は「DNA分解・合成説」を強く指示するものである。さらに偶然にも、アサガオの雄原細胞形成前後にミトコンドリアが核膜を隙間なく覆うという現象を発見した(Nagata et al.in press;Protoplasma)。この現象は、ミトコンドリアと核のインターラクションや、ミトコンドリアの動態のしくみを考える上で、今後の研究の有効なモデル系になるものである。
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