本研究では、逆転写を介してゲム中に増幅するレトロポゾンの一種であるSINE(short interspersed element)のオルソロガスな遺伝子座への挿入を共有派生形質と考え、タンガニイカ湖産カワスズメ科魚類の系統学的解析を試みた。その結果、従来の分子マーカーを用いた解析により推定されている系統関係とよく一致した類縁関係を推定することに成功した。すなわち、その系統樹においては、4ヶ所の分岐点が多くの遺伝子座におけるSINE(AFCファミリー)配列の挿入パターンによって支持され、複数の族からなるグループの単系統性を示唆していた。しかし、それら以外の類縁関係については複数の遺伝子座が互いに矛盾する挿入パターンを示した。これは、種の統計関係と各遺伝子の系統関係が必ずしも一致しないことを示唆している。このような不一致は、一般に種間交雑(interspecies hybridization)もしくは祖先的多型の複数の系統への分配(incomplete lineage sorting)によって起こると考えられている。シクリッドは極めて洗練された複雑な求愛行動を示し、自然条件下ではごく近縁な種間でも交雑が起こりにくいと考えられていることから、今回の例では、後者の祖先的多型の複数の系統への分配を考えることが妥当であると思われる。このような現象は、集団のサイズが非常に大きかったか、もしくは極めて短時間に種分化が連続して起こった場合に生じやすい。タンガニイカ湖産シクリッドの適応放散における各族の祖先系統の形成過程はこれまでの研究では全く明らかになっていなかったが、本手法による解析の継続により、そのメカニズム解明のための足がかりが得られる事が期待される。
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