大気圏内核実験による人為起源放射性炭素の付加によって、現代、炭素リザーバー間の同位体平衡は乱されている。そのため、海洋に溶存する無機炭素(DIC)がそもそも天然でどのような放射能を持っていたかを知るためには、核実験以前(1950年以前)の海洋生物における放射性炭素濃度を測定し、その見かけ上の炭素年代から地域的な補正地を評価する必要がある。海洋試料における放射性炭素年代の変動を、放射性炭素年代における海洋リザーバー効果と呼び、広く世界中の海域においてその地域的な補正値が報告されている。しかしながら、日本列島をふくむ西部北太平洋域ではその正確な補正値が研究されていないため、本研究では戦前に採取された海洋生物試料の放射性炭素濃度を測定することで、その値を決定することを試みた。 京都大学地質学教室に保管されていた戦前貝殻コレクションから保存状態が良好で、採取年および採取地が特定できる試料40点を選び、国立環境研究所が所有する加速器質量分析施設を用いてその放射性炭素年代を測定した。その結果、北海道、極東ロシアなど亜寒帯フロント以北の試料ではΔR値で400年前後と大きな補正が必要であることが明らかになったが、本州から沖縄、あるいは赤道太平洋域の試料ではその値にばらつきが大きいことが示された。この結果は化石試料が混入している危険性を示唆しているため、間接が接合する二枚貝、あるいは蓋や軟部標本が伴う試料に限定して研究を進める必要性が明らかになった。
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